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しものせき海峡まつり

しものせき海峡まつり

関門海峡を舞台に繰り広げられた史実を基に行われる、歴史情緒豊かなお祭り、しものせき海峡まつり。源平壇之浦の合戦で滅びた平家一門を偲ぶ豪華絢爛な「先帝祭」。平家両軍の紅白の幟をたなびかせた無数のいくさ船と鎧武者が合戦模様を再現する「源平船合戦」。人柱となって下関繁栄の礎となった「お亀さん」を偲んで行われる「八丁浜踊り」。コンサートや宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の再現などが行われる「巌流島フェスティバル」。豪華多彩なイベントが関門海峡沿いの各地で繰り広げられます。(5月2日~4日)


しものせき海峡まつり(先帝祭)

先帝祭(しものせき海峡まつり)

寿永四年(1185年)3月24日、平家は本州の西端、長門壇之浦の合戦で源氏に敗れ、その短い栄華の夢を終えました。わずか8歳の安徳天皇が祖母二位の尼に抱かれ『波の底にも都の候ふぞ』の言葉とともに入水され、平家は滅亡しました。「関の先帝 小倉の祇園 雨が降らなきゃ金が降る」といわれるこの祭は、入水された安徳天皇を弔うため、その命日に遊女に身を落した平家の官女達が参拝したことに始まったものです。打掛けに太鼓帯の衣裳を身にまとった5人の太夫が稚児・警固・官女・禿をひきつれ赤間神宮に参拝します。伊崎町を出発し、豊前田町を経由し、同神宮まで上臈道中が行われます。道中での外八文字を踏むあでやかな姿は豪華絢欄そのものです。赤間神宮は龍宮を連想させる水天門、あでやかな朱色の社殿をもち、紅石山の緑を背にあざやかに浮びます。合戦後、約800年がたちました今、平家哀話のロマンと華やかな上臈道中をあわせ見る時、いっそう詩情を感じざるをえません。先帝祭は下関市指定無形民俗文化財に指定されています。 (5月3日)


関門海峡花火大会

関門海峡花火大会

関門海峡の両岸から、合わせて13,000発以上の花火が競い合うように打ち上げられる日本でも有数の花火大会。お盆をふるさとで迎える人たちのために、下関21世紀協会により昭和60年(1985年)から始められました。昭和63年(1988年)からは、北九州市の門司区からも打ち上げられるようになり、両市が合同で開催するようになりました。 (8月13日)


しものせき馬関まつり

しものせき馬関まつり

市民総参加の夏祭り。「馬関」とは、下関市の昔の呼び名「赤間関」を「赤馬関」と当て字をしたことから用いられています。このまつりでは、まち全体が夜市となり、あちらこちらで多彩なイベントが催されます。日曜日に開催される平家踊総踊り大会は、壇之浦で繁栄の夢を閉じた平家一門の供養の踊りに源を発する、下関の郷土芸能「下関平家踊り」を約5000人の踊り手が会場を埋め尽くして踊ります。 (8月下旬の土・日曜日)


数方庭祭

数方庭祭

山口県無形民俗文化財に指定されている数方庭祭(すほうていさい)。仲哀天皇が自ら新羅軍を撃退した際の勝利の踊りが起源とされているお祭りです。幟や切籠(きりこ)を持って鬼石を廻る「天下の奇祭」といわれるユニークなお祭りです。 (8月7日?13日)


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